エズ(Eze)の地に最初に人間が足を踏み入れたのは鉄器時代。その痕跡は今でも見られる。
遊牧民のケルト系リグリア人が多くのカステララスを築いた。カステララスとは空積みにした石垣のこと。そのほとんどは、現在エズ村のある場所や、海とヘラクレスの道に面する標高567mのバスティドゥ山などの高台に築かれ、一帯にはその後、古代ローマ人、続いてガロ・ローマ人が入植した。
8世紀頃、エザスク一族が、海に面した岩山のいただきに鷲の巣のような村を建設。家々は頂上に築かれた要塞で守られ、細く尖った峰に張り付くように建っていった。
10世紀に入り、村はムーア人により侵略される。プロヴァンス伯のギョーム1世が村を解放するまで、それから80年の月日を要した。1388年以降、村はサヴォワ家と運命をともにすることになる。サヴォワ伯と同盟を結んでいたため、村は1543年にスレイマン1世の軍隊に奪われ、スペイン継承戦争時の1706年にはルイ14世の軍隊に打ち壊された。その後再びフランス領となるのは1860年のことだった。
エズの小道をロバを連れた農夫たちがすれ違っていたのは、それほど遠い昔のことではない。まるで段々畑のように石垣に支えられた細長い畑では、亜麻や麻、イナゴマメ、ソラマメ、ブドウ、イチジクが栽培され、養蚕もおこなわれていた。また柑橘類の栽培も盛んで、エズ産のマンダリンは有名。オリーブは現在もエズの主要産物。第一次世界大戦末期からは、花の栽培と観光がエズの経済を支えている。