フランシスコ会の庭園と、そこから谷を一望できるパノラマは見逃してはならない。コルニエール広場の屋根のある回廊と卸売市場も必見。
素晴らしい屋根のある回廊で囲まれたこの村の中心の広場には、栗の木の骨組みでできた昔の卸売市場の建物がそのまま残っている。
木造の支柱で支えられ、穀物を計量するための15世紀の古い容器を、いまなお雨から保護している。
広場を取り囲むほとんどの家は歴史的建造物とされており、ほとんどが15世紀から18世紀の間に改造されている。
要塞都市の地割りの規則に従えば、城壁の内側では、すべての持ち分は平等。したがって、すべての住人が同じ大きさの家をもっている。
この広場に建てられているほとんどの家の地上階には、オープンスペースがあり、それはクヴェールまたはコルニエールと呼ばれている(高くて広い回廊)。
これらのクヴェールにあるアーチは全て数や形状が異なっており、大多数は尖頭アーチ(オジーヴ)。
広場のそれぞれの角には「シャンフラン」と呼ばれる入り口がある。この通路は憲兵が馬に乗ったまま通ることができる高さがある。
家々については、建物の正面(ファサード)がそれぞれに異なる時代に建てられたことの証人となっている。
アーチがゴシック様式であっても、大部分の窓はルネサンス様式の枠付きの窓である。
13世紀に、昔のロマネスク様式の礼拝堂の基礎の上に築かれた興味深い建築物。時代とともに幾度も拡張や手直しが施された。
1535年には、鐘楼の追加と、それによるファサードの手直しがなされた。
教会内部の注目すべきものとしては、装飾の施された柱頭がついた17.56mの高さのロマネスク様式の翼廊の柱がある。礼拝堂の入口のバラの装飾も。
OPEN:毎日10:00-17:00
13世紀に建てられたこの3階建ての古い家は、教会からすぐの場所にあり、税のために徴集された収穫物の倉庫として使われていた。
このため、いまだに、「10分の1税の穀倉」と呼ばれている。この家はモンパズィエでもっとも古く(1292年)、最も背の高い建物。建物正面と同様、内部の保存状態も良い。
現在は、サロン・ド・テのあるパン屋兼ケーキ屋が入っている。
39, rue Notre-Dame.
モンパズィエの要塞都市の城壁には6つの要塞化された門があった。
残存しているものは3つのみで、2つは北側のサン・ジャック通りとノートル・ダム通り、もう1つは南側のサン・ジャック通りにある。
幹線道路にある門は、通行をコントロールし、要塞都市の内部と外部を隔てる境界だった。
現存する塔の中に、墜格子の溝と木製の貴重な門を支える蝶番の受金を見ることができる。
それぞれの門は外側は1つが扁円の2つの尖頭アーチからなり、内側は半円筒穹窿からなる。
数々の要塞都市のすべてを知ることができる3つの常設展がある。モンパズィエの昔の写真、模型、考古学など。6月から9月までは絵画や彫刻などの企画展も実施される。
OPEN:
7,8月:毎日 10:00-12:00/14:00-18:00
4,5,6,9,10月の週末
入場無料
住所: rue Jean Galmot – 24540 Monpazier,
TEL:05 53 22 60 38
1287年にできたときは、建物は広場の中心にあった。18世紀か19世紀に現在の場所に移転。建物全体が栗の木材で作られている。
栗が使われたのは、タンニンを分泌するので虫を寄せ付けない効果があるため。
3列の支柱の上に屋根がのせられ、支柱は石のつけ柱の上にのっている。この技法は地面の湿気によってカビが生えるのを防ぐ。
支柱に触ると木材が石のように硬く、保存状態がとても良いことがわかる。
卸売市場の奥の売台のようなものの上に、3つの枡が置かれている。はじめは4つあった。それらは穀物を販売するときに用いられた。
ライ麦、大麦、オート麦、そしてクルミ、栗、リンゴまでもが量られた。
1945年に盗まれてしまった一番小さい枡は、1ボワソ(12.5リットル)計量できた。他の容器は、2,4そして8ボワソである。
これらの枡は領主への税金を支払うときにも使われた。
通りはすべてまっすぐで、南北か東西の方向に計画的に置かれている。幅8mのまっすぐな主要道路が村の端から端へ平行に伸びており、他の細い道と直交している。
主要道路のうちの2つがノートルダム通りとサン・ジャック通りである。
7月と8月の火曜と金曜の14:30より開催。団体の場合は通年。
05.53.22.68.59