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ルールマラン
Lourmarin

その他

特産品

フルーツのコンフィ(砂糖漬け):世界有数のコンフィの工場がここリュベロン地方にある。もちろんチェリー、スイカ、メロン、梨、プラムなど地元で取れるフルーツを主に使用している。

オリーブオイル:ゴルド周辺と同様、マノスク周辺もあたり一面がオリーブの木。冬の初めに収穫される実はこの地方に欠かせないオリーブオイルとなる。

ハチミツ:ハチミツの中でも珍重されるのがラベンダーのハチミツ。透明な黄色、きめ細かな細粒、他に類をみない香りと甘美な味にはまさにうっとり。

歴史

村の歴史は1075年、この地がまだルースマリ(Luzmari)と呼ばれていた頃まで遡ることができる。ついで1165年にルーチェマリーノ(Luchemarino)、1189年にはルールマラン(Lourmarin)と呼ばれていたことが確認されている。現在のルールマランと呼ばれるようになったのは16世紀になってからである。
かつて古代ローマの属州であったルールマランは、ケルト部族によって植民地化されていた時期があった。中世、村は黒死病(=ペスト/1348年)で悲惨な被害を受けたが、ダグー一族の巨大な勢力により15世紀に再生した。
ダグー族や、ピエモンテから来たヴォドワ族によって村は再生へと向かった。そして古くから沼地であった村は浄化され、ダグー一族はゴシック式の素晴らしい城塞(1480年)を建設した。

著名人

2人の作家を含め、ルールマランに縁のある著名人は数多い。

アルベール・カミュ(Albert Camus)
1913年にアルジェリアのコンスタンティーヌ県モンドヴィ(Mondovi)で誕生。指導者であるアルジェの哲学教授ジャン・グルニエの足跡をたどってルールマランへ。1958年に邸宅を購入したことで“通りすがりの地”はあっという間に“故郷”となった。 “ラ・ペスト”の著者カミュは、1960年、美しくまた荘厳なこの地で眠りについた。

アンリ・ボスコ(Henri Bosco)
1888年にアヴィニョンに生を受けて以来、ボスコはプロヴァンスの風光と人間をこよなく愛した。1922年ロベール・ロラン・ヴィベールに誘われ、念願のルールマランへと居を移す。1947年にプロヴァンスの別荘を購入し、友人たちを招き、1955年からは館の滞在者も受け入れるようになった。1955年から彼がルールマランで永遠の眠りに着くまで、ニースのメゾン・ローズとルールマランの詩人の館を交互に行き来した。