岩の台地の先端にあるため、村の最も高いところは標高が245mある。このため、ここはしばしば避難所として利用されてきた。初めて人類が住み始めたのは新石器時代(紀元前6000 年代)まで遡る。ローマ時代以降はこの地で採石がおこなわれた。
ボーがその存在の重みを示し始めたのは中世の初めだった。レ・ボー=ドゥ=プロヴァンスの歴史は10世紀以降、ボーの大領主一族の歴史とともにあった。この一族は、キリスト降誕に東方から祝いに来たというバルタザール(Mage Balthazar)王の血を引くと主張していた。この伝説の故、その紋章には16光線ある星が描かれている。また“遍歴、バルタザール” « Au hasard, Balthazar ! »との紋章銘がある。この紋章は村の紋章ともなっている。
しかし、騒々しいボー一族の歴史は1426年に終わりを告げた。この領地はフランス王国に併合されたのだ。16世紀になり、今も残るルネッサンス期の優雅な建造物のファサードが証明するように、この地に繁栄の時代が訪れる。
1642年、 ボーの領地は伯爵領とされ、ルイ13世によってモナコの領主であるエルキュル・ドゥ・グリマルディ(Hercule de Grimaldi)に与えられた。そのため、1982年以降は、モナコ公国の皇太子であるアルベルト2世(Albert II)が村の鍵を保持している。
フランス革命以後、村は廃れた。だが1822年、ボーの村は新たな歴史を刻むことになる。
同年、赤褐色の酸化アルミニウムを多く含んだ鉱石がこの地で発見される。ボーキサイトである。1966年、アンドレ・マルロー(André Malraux)は、村をフランス文化省と環境省の保護もとにおくことを許可した。