プレ・サレのラム肉(Agneau de pré-salé):
プレ・サレのラム肉、またはマトンは、この地域の特産である。潮の満ち干きによって塩気が残った湿地帯の牧草を、放牧された羊が食べることによって、独特の風味のある肉が生成されるために、この名前がある。直火でグリルしたプレ・サレの肉をぜひ本場で賞味してほしい。
ラ・メール・プラールのオムレツ(Omelette de la Mère Poulard) :
プラールおばさん(La Mère Poulard)と親しみを込めて呼ばれたマダム・アネット・プラール(Madame Annette Poulard)は、1888年、モン・サン=ミッシェルに宿屋を開いた。彼女はそこで50年以上も料理をつくり続け、およそ700ものレシピを完成させた。もちろん有名な「オムレツ」もそのうちのひとつ。プラールおばさんはモン・サン=ミッシェルを訪れる巡礼者が、腹ペコの状態でたどり着くのを見て、いつでも簡単に、素早くつれる料理はないか、とこのレシピを考え出した。このオムレツのつくり方は次の通り。全卵と生クリームを銅のボウルに入れ、大きな泡立て器でリズミカルに何度も何度も念入りに泡立てる。店の前を通るとその音が聞こえほど。たっぷり泡立てたら、薪の火で銅のフライパンを使い焼いて出来上がり!見た目は卵白のみを泡立て、メレンゲを焼いたように見えるのがこのオムレツの特徴。プラールおばさんのレストラン(Restaurant de La Mère Poulard)では、いつでもこのオムレツを味わえる。甘いオムレツと塩味のオムレツの2タイプが用意されている。
この店ではその他のメニューも美味しい。プレ・サレのラム肉、家禽類、魚介類、野菜、クリーム、カルヴァドスと、地元の食材を生かした料理を味わえる。
シードル(Cidre) :
1950年代、シードルはワインやビールにその地位を奪われたが、最近また再び、フランスの食卓に上るようになった。シードルは中世から醸造されていたとされ、シードル用の小さなリンゴからつくられる。フランス国内での主要な生産地はノルマンディ(Normandie)とブルターニュ(Bretagne)。シードルには3つのタイプがある。甘口のドウー(doux)はアルコール度数1.5-3、やや辛口のブリュ(brut)はアルコール度数4–5.5、トラディショネル(traditionnel)はアルコール度数5–6。ブリュが最も飲まれている。シードルはアペリティフとして大変人気があり、ガレットやクレープとあわせてよく飲まれる。
この岩山に最初に教会が建てられたのは709年。966年にはベネディクト会が修道院の建設に着手し、1000年には完成させている。11世紀、ロマネスク様式の大修道院付属教会堂が岩山の頂上に置かれた。13世紀にはフランス王の寄付により、ゴシック様式のメルヴェイユ(回廊と食堂に囲まれた3階建の2つの建物)が建設された。14世紀から15世紀にかけての100年戦争にあたっては、修道院を城壁などいくつもの防御施設によって守ることが必要になった。それらは30年以上にもわたり、イギリス軍の包囲に抵抗することを可能にした。大修道院付属教会堂のロマネスク様式の内陣は1421年崩壊し、その後フランボワイヤン様式のゴシック建築の内陣が造られた。
修道院の発展にともない、中世には村も形成され、今日まで経済的役割を担ってきた。またモン・サン=ミッシェルは、精神性と知性の場とされ、ローマとサンティアゴ・デ・コンポステラ(Saint-Jacques de Compostelle)と並び、中世西欧の最も重要な巡礼地のひとつとされている。
修道院はフランス革命と続く帝政期には牢獄として使用されたため、19世紀の終わりには大規模な改修が必要となり、1874年、歴史記念建造物機関の手にゆだねられた。その後 2001年、修道士が移り住み、この地の本来の使命である、祈りと巡礼の受け入れを復活させた。
ユネスコの"世界遺産"に登録され、毎年300万人以上のツーリストで賑わう世界的にも有名な観光名所となっている。
2006-2015
モン・サン=ミッシェルでは、2009年から2015年までかけて、かつてのよう海に浮かぶモン・サン=ミッシェルの景観を取り戻す大規模プロジェクトが進められる。潮の流れを妨げ砂洲化を進行させた原因といわれる、本土と結ぶ堤防上になった道路を撤去、代わりに橋を建設する。これにより、駐車場や道路によって傷つけられてしまった現在の景観が改善されることになる。訪れる人は美しい景色を眺めながら、徒歩で橋を渡り、モン・サン=ミッシェルに向かうことになる。なお、モン・サン=ミッシェルへは、工事中も訪れることができる。
詳細はこちらのサイトで : www.projetmontsaintmichel.fr