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ジヴェルニー
Giverny

その他

歴史

ジヴェルニーの起源は大変古くまで遡る。ガロ・ロマン人の墓が1838年に発見されており、メロビング朝時代には、ブドウが丘陵地斜面に栽培されていた。
ロマネスク時代の教会は、ゴシック様式時代と16世紀に補修されているが、これは聖ラデゴンデに捧げられたものである。聖ラデゴンデは疥癬(かいせん)を治したという評判である。ジヴェルニーが画家クロード・モネ(Claude Monet)によって見出されるのは、1883年になってから。 モネは家族でここに住むことになった。
モネは、ジヴェルニーに愛着を抱き続けた。モネは、この村にやって来た時には単なる借り手でしかなかったが、1890年、ラ・メゾン・デュ・プレソワールの持ち主となったのち、庭に徹底的に手を入れることになる。建物の前には、「花の庭(le Clos normand)」が広がり、花々があふれている。(10万を超す草花が毎年植え替えられる)シュマン・デュ・ロワの向こう側には、睡蓮の池をつくらせ、飽くことなく、描き続けた。
ジヴェルニー滞在の初め頃は、モネはまわりの田園地帯から着想を得ていたが、その後、庭、とくに水のある庭の風景を題材とするようになる。またここには、1887年に外国人画家のコロニーができた。大部分はアメリカ人で、テイラ―、メトカーフ、リッター、サージェント、ロビンソン、ウェンデル、ブルース、ブレックらが最初にやって来た画家である。
モネは1926年12月5日に亡くなり、この村の墓所に眠っている。