サン・ティポリット小修道院とデルフィナル城とともに、クレミューの名が歴史に現れるのは12世紀である。
12世紀末から、クレミューは商業的、軍事的に重要な役割を担うようになる。14世紀の初め、村のうち低い平場にある地区が形作られた。この地区や新しい市場の建物を取り囲むように城塞や瀟洒な家々が建てられたのである。18世紀には織物や皮革工場で村の人口の1/4が働いていた。19世紀の初め、クレミューとその近郊には、題材を求めて、風景画家が集まった。そのなかには、ポール・フランドラン(Paul Flandrin)、カミーユ・コロー(Camille Corot)、シャルル=フランソワ・ドービニィ(Charles-François Daubigny)、ギュスターブ・クールベ(Gustave Courbet)という著名な画家がいた。