シャブリのアンドゥイエット:
非常に長いブタの腸に詰めてつくられる腸詰。柔らかく、スパイシー。
通常、強火でこんがり焼いたりシャブリワインを加えて煮込んだりして出される。
ハムのシャブリ風:
丸めて温めたハムに、生クリーム、エストラゴン、トマト、エシャロットなどの香草とシャブリワインを煮詰めてつくった熱々のソースをかけていただく。
ビスキュイ・ドゥシェ:
甘く、かりかりとして歯ごたえのあるクッキー。1820年頃、M.ドゥシェによって考案された。ぼろぼろと崩れないので、シャブリやスパークリングワインにもあう。
ピリエ・ドゥ・シャブリ:
マール・ドゥ・ブルゴーニュというブランデーに浸けたレーズン入りのプラリネ風味のホワイトチョコレート
シャブリジアン:
クッキーの台にヘーゼルナッツの香りのかりかりのメレンゲを載せ、周りにラタフィアというリキュールに浸けたブドウを散らしたプラリネ風味のチョコレートクリームを塗り、さらにクッキーでサンドした菓子。
中世から、この村はワインをイギリスに輸出していた。そのため、そのころからシャブリワインは有名で、村も栄えた。15世紀初めに始まった百年戦争の間、「下町(ville basse)」と呼ばれた村の中心部は城壁で囲まれ、29の塔と3つの門そして3つの隠し戸が備えられた。
1478年には、ピエール・ル・ルージュ(Pierre Le Rouge)が王から特権を得て、フランスで5番目になる印刷所をシャブリに設立する。
宗教戦争のさなか、1568年に村は略奪に遭い、焼き払われしまった。村が完全に立ち直るまでには、その後長い時間が必要となったが、1877年に出版されたトルストイの小説『アンナ・カレニーナ』のなかでは、その時代のロシアのブルジョワたちが、とくに2種類のフランスワインつまり、シャンパーニュとシャブリを好んだと書かれているほどに回復した。しかし、不幸なことに、その19世紀後半になると、アメリカから侵入してきた害虫で、ブドウ根アブラムシ病を引き起こす「フィロキセラ」にブドウ畑が襲われ、すっかり衰退してしまう。懸命の努力を何十年も重ね、ブドウ畑が再び繁栄を取り戻すのは第1次世界大戦後である。
第2次世界大戦中、1940年6月15日の爆撃によってシャブリの中心部の歴史的な地区は破壊されたが、1949年になって村とブドウ園はよみがえる。
とはいえ、ブドウ園が今日の発展を見るのは、むしろ、ブドウの若芽を傷める4月の霜害に対する対策がとられるようになった1960年代からである。こうしてシャブリのワインは全世界的に再び高い評価を得るようになったのだった。